【公開日】 2016年02月29日 

こだわりがないとダメ人間?

【この記事を読むのに必要な時間は約〈 2 分7秒 〉です。】

こだわり=柔軟性の欠如

こだわりを持つということについてよく考えてみてください。
それって要するに「ある程度価値観が固まってしまったという証拠」じゃないですかね。

小さな頃に「自分はこれしかやらない」とか「こうあるべき」とか小難しいこと考えてましたか?
少なくとも自分はそういうことはなかったように思います。

でも歳を重ねるごとに少しずつ「こうあるべき」という理想像、つまりはこだわりができてきましたよね?
そうしているうちに「あれはダメ」とか「これ最高」とか言えるようになってきた反面、他者の意見に耳を貸すことができなくなっていませんか?

ですから、こだわりというのは別に優れたものというわけではないのではないか?と思うわけです。
むしろそのおかげで新しいことをやろうという柔軟性が損なわれていませんか?

ですから「絶対に他人に譲れない」というこだわりは、自分の積極性をも制限してしまう可能性があります。
もう「執念」とでもいうべきものですね。

こだわりを持つ=悪いわけではない

もちろん、「信念」といえるレベルまで昇華したこだわりは行動を起こすことの理由にもなり得ますから、必ずしもこだわるのが悪いというわけではありません。
しかし、そのこだわりのおかげで他者との衝突が絶えないのであれば、それは少し考えなおさなければならないのではないでしょうか?

いろんな人の意見を聞くことによって開ける可能性もあるわけですから、自分の価値観だけで判断しがちになると結局はその可能性を捨てる事にもなります。

歳をとったから可能性がなくなったわけではなく、「歳をとったことによって中途半端なこだわり(執念)を持ってしまったから」可能性が無くなっているわけです。
頑固なまでのこだわりは誰の得にもなりません。

あくまでも何かに執着するようなこだわりではなく、信じた道を突き進むためのこだわりを持つべきという話で、子どものようにフラフラしていればいいという話ではないので勘違いなきようお願いします。



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ほんと参った

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