【公開日】 2016年03月02日 

仕事があるから仕事、って実は受け身では?

【この記事を読むのに必要な時間は約〈 3 分28秒 〉です。】

仕事に対する認識

普通、仕事をすると言ったらどんなことを思い浮かべますか?
大体の人は「朝起きて、会社に行って、働いて、帰る」みたいな感じを意識するんじゃないでしょうか?

でも、それって「仕事がある」から「仕事する=働く」ってことではないですか?
この「仕事があるから働く」と言う認識が、実はすごく受け身なんじゃないのか、とちょっと思った次第です。

確かに働かないと生きていけないんですが、こういう働き方しているとそれが当たり前のように思えるから怖いんですよね。
考えてみれば、仕事=決まりきったことをしなければならないなんて誰も決めてないんですよ。
それを決めたのは雇用契約であって社会の決まりではないはずです。

ただ、そこに「何かをやるぞ」という目的意識はほとんど無くて、「とりあえずやるべきことだからやる」といった感じで淡々と作業をしているのがある意味、不気味ではあります。

仕事は「過程」であるべき

例えばジョブズなんかだと「最高のコンピューターを作るため」という目的があって、その過程に「仕事」があったに過ぎないわけですよね。

別に仕事をし続けた結果、iPhoneが出来た、とかそういう話じゃないってことです。
むしろ逆で最高のものを求めるという「目的」のために動いたこと、それが「仕事」と言う行動に見えるだけなんでしょうね。

でも今の働き方を見ていると「仕事をする」っていうのが「目的」になっているような感じしか受けません。
仕事という「目的」を行なった結果、月に一度「給料という結果」がついてくるに過ぎないわけです。

例えば「お金を稼ぐため」というのは、あくまでも働くことの全般的理由であって、特定の職場で特定の仕事をする理由ではないですよね。
「皆やるのが当たり前だから仕事する」、っていう単なるルーチンワーク化している気がします。

目的意識の無さ

例えば「何かを作りたいから」「人の喜ぶ顔が見たいから」なんて、こんな意見をあんまり聞かなくなった気がしませんか?
(注:胡散臭いのは除きます。)

何というか今の仕事は「次の仕事のために仕事をさせられている」って感じに見えるんですよ。
これだといくら働いても面白さゼロですよね?
だって大きな目的もなく、ただ「やらされている」だけですから。

やる気を引き出す「仕事」の仕方が必要では?

どうしても「やらされてる感」で仕事をすると消極的な意見しか持てなくなります。

本来は積極的に目的のために行動するのが一番いい働き方である、とある程度の人は思っているにもかかわらず、こういった働き方が「当たり前」のように強制されています。

自分が「これは面白いですよ」と提案したものを作れる人って世の中にどれだけ居るんでしょうか?

人のやる気を引き出す事ができれば最高の仕事をしてもらえるはずなのに、もったいないですね。
これでは新しい意見が出ない理由もわかる気がします。

今回は、「自分がやりたいと思ったことをやれる」環境が企業内にはもっと必要なんじゃないか、と思ったのでこのテーマで書いてみました。
ですので、気に入らない方は華麗にスルーをお願いします。

もちろん、自発的に動かせてくれる企業も中にはあるでしょう。
ですから全てがこういった働き方だとかそういうことは言っていませんのであしからず。



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ほんと参った

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