【公開日】 2016年03月02日 

地方問題のやまもといちろう氏の指摘は面白い

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地方は利便性を捨てなければならない

本題に関わるので、ちょっと立場の表明です。

さて、自分自身はどちらかというと左寄りの考え方をしていると思っています。
「個人の自由」や「平等」に関してはより充実させるべきと言う認識です。

ですから、本来こういった地方を見捨てるような保守派の発言には「地方の人間には利便性を捨てろというのか!」という反論で返すべきなんでしょう。
ですが、残念ながら今回のやまもといちろうさんの指摘はすごく的確なものだと感じます。
これがその主張ですね。
http://lineblog.me/yamamotoichiro/archives/4257236.html

なぜこの意見に賛同するのか

現在の日本は「全ての人間が幸福を享受すること」は到底無理である、と言い切ってもいいような状態にあるわけで(まあ、もともとみんなが「幸福」なんてあり得ないんですが…)、ベンサムの功利主義的考え方である「最大多数の最大幸福」でやっていくべきであるというのは別におかしくともなんともないんですよね。

そのためにより多くの人が暮らす都市部にインフラなどの都市基盤を集中させ、存続可能な状態まで持っていかなければならないなんて、現実をみれば誰の目にも明らかでしょう。

地方を復活っていうのはいかにも夢があって好きなテーマではあるんですが、現実問題を考えると「無理でしょう」というしかないような状況です。

なぜなら、いまだに「炭鉱」や「漁業」などで栄えた高度経済成長の頃を夢見ているんですよ?
その頃のような活気を街に取り戻したい、感情的にはすごく理解できますが、じゃあ人をどうやって連れて来て、どうやって養っていくんでしょうか?

しかも地方は高齢化も進行していて、病院や公共交通機関なども整備しなければならないわけで、流石に現在の財政状況ではとてもじゃないですが維持できません。
ですから、そこは「地方に住むのは勝手だけど、ある程度我慢してね」というしか無いんですよね。

最低限は確保すべき

もちろん公共の設備である電気・ガス・水道などのインフラに関しては、無くても生活できるような人間はさすがに稀でしょうから、どうにかする必要はあると思います。
しかし、それ以上のものとなるとあとは人口に応じて変わるとしか言いようが無いんですよね…。

とりあえず、地方に都会並みのフルスペックを求めるにはすべてが足り無さ過ぎます。
せめて地方に人が移住し続けているというならわかるんですが、むしろ逆ですからね。
どんどん過疎化は進行してます。

そんな状態で地方が「もっともっと…」と補助金の援助を求めても、それは虫のいい話でしかありません。
もちろん理想としては「全ての人に平等で公平な行政サービスを」と言いたいんですが、そんなのはまず無理なわけで。

地方で人を集める重要性

そういった「フルスペックのサービス」を求める前に、イケハヤさんのように地方に人を集めて「新しいことをやっていこう」というのを先にやる必要があるんじゃないでしょうか?

最大多数の最大幸福って言いかえれば「人がそれなりにいればそこに恩恵を求められる」ってことですからね。

でも人を呼ぶためには「収入」や「住居」、「サービス」が必要なのは理解できますよね。

ですから、いざとなったら自分たちで何とかするぐらいでないと地方は成り立たない、ってことではないかと浅いながらちょっと考えてみました。



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ほんと参った

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