【公開日】 2016年03月04日 

日本終わってます、ゲーム機バキッを「礼賛」

【この記事を読むのに必要な時間は約〈 5 分45秒 〉です。】

大人のルールで子どもを縛る愚かさ

子どもが「自分で決めた」ルールを破ったから「壊した」。
確かに傍目から見れば一見正しそうな論理に見えますよね?

しかしそれは「大人」同士の価値観で「子ども」を縛ろうとしているということに気づいていますか?

確かに、大人同士の「自分の責任は自分で取る」という関係性の中では「相手が約束を破ったから相手が悪い」で済ませられますよね。
だって、双方がそれを認識して「自律的に行動できる」わけですから。

ですが、子どもの教育を担う「親」が、「子ども」が決めたルールを破ったから持ち物を壊すというのは、子どもが「自律的」に行動しているという前提がない限り、成り立たない論理であることはご理解いただけますでしょうか?

もし、子どもに「自律的行動」、言い換えれば「自由な行動」を許していないのに「ゲーム機バキッ」をやったとすれば、それは子どもの成長に「ちょっとした問題」を起こしてしまう可能性もあります。

なぜなら、子どもにものを買い与えるのも親であれば、それを使用するのを制限できるのも親、要するに「子ども」にとって親に歯向かうことは「許されない」という絶対的な価値観を植え付けることにもなるからです。

ただでさえ、子どもはほとんどのことを親に依存しています。
それを「私の言うことを聞かないから」という理由だけで親が権力を振りかざしてしまえば、子どもはどこに自分の意見を逃せるのでしょうか?

ですから、「何でやらなかったのか?」ということを訊き、「必要であれば叱ればよかっただけ」なのに、ゲーム機バキッは明らかに行き過ぎです。
この行為のどこが「子どもの意見を尊重している」のでしょうか?

その行為は、虐待をしている親が「子どもが言うことを聞かなかったから殴った」と言うのと何ら変わりません。
そんな都合のいい話を鵜呑みにしてしまうつもりでしょうか?

それに、子どもが「『気にしてない』から問題ない」ってどうやって判断したんでしょうか?
親御さんの前で「僕は気にしているかな?」とでも訊いたのでしょうか?

だとしたら、その訊いた人間は「ただのバカ」というしか無いんじゃないでしょうか。
自由な意見を表明できないのに、独裁者の前で奴隷に「独裁者は好きか?」と訊いているのと変わらないからです。
もし「嫌い」なんて言ったら…。

親の権限が強すぎると子どもは「萎縮」する

先程も言ったように「親の権限が強すぎると子どもは外部に対して助けすら求められなくなる」可能性は高くなります。

ひたすらに親の言うことを聞き、褒められようと努力する、子どもの世界観なんてそんなに広くないんですから当たり前なんです。

それを、さも「一流なら仕方ない」って、擁護している方はご自身が「子育て」に関して「一流であるとでも勘違いされている」んでしょうか?

確かに「演奏者」としては高嶋さんは「一流」かもしれません。
しかし、だからといって「子育ても一流であると言い切れる根拠はどこにある」のでしょうか?

だから日本の先行きが心配なんです

この件についてあまりにも賞賛する人間が多すぎて、本当にこの国の先行きが心配になります。

子どもを「一流に育てる」のは勝手ですが、そのために親の都合のいいように「子どもをコントロール」するってのは明らかに違う話です。

子どもはロボットではありません。

もし、あなたの言うことを子どもが聞かないのであれば、それは「信頼関係がないから」では無いでしょうか。

一方的に決まりを押し付けるような人間との間に信頼関係というのは築かれません。
そんな「恐怖政治」の中で自分のことをしっかり考えて一流になれる人間はまずいないでしょう。

結局、それは「一流である『私』の子どもが一流でなくてはならない」という、単なる親のエゴなのではないでしょうか?

そして賞賛する意見の人間は、昔ながらの「権威体質」である、というべきではないでしょうか。
なぜなら「一流」の人間が「間違うはずがない」と言っているわけですから。

子どもを「やる気」にさせるには

子どもを「やる気」にさせる方法は実はそんなに難しいことではありません。

子どもは「自分がやりたい」ということさえ見つかれば、ちゃんとその方向に対して少しづつでも歩を進めていきます。
それを「させていない」からこそ、「あれをやれ」「これをやれ」といちいち指図しなければならなくなるのでは無いでしょうか。

所詮は「親のやらせたいこと」と「子どものやりたいこと」は別なわけですから、一方(親)の言い分だけを押し付けようとした時点で上手く回らなくなるのは当たり前でしょう。

例えば、親がスポーツをやらせたい、けれど、子どもは大人しいから運動には向いていない、なんて良くある話ですよね?
今回の件も単に「子どもには音楽は向いていない」というだけなのかもしれませんよ。

「親が金銭面を含めて面倒見ている、だから全てを親の言うとおりにしなければならない」、なんて言ったら「自律的」に行動できる人間なんて育成できなくなります。

受け身で行動する人間を「一流」と表現するのであれば別に構いません。
ですが、その時には「本物の一流」は日本に「存在できなくなる」ということを理解しておくべきです。

何かに特化して「一流」と言われる人間は、「どこかに『クセ』を持っている」というのはよく言われる話です。
もし、それを否定してしまったら、「本物」はどうなるんでしょう?
それは理解しておくべきだと思います。



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