【公開日】 2016年03月23日  【最終更新】 2016年04月11日

使えるものをどう把握するか

【この記事を読むのに必要な時間は約〈 2 分40秒 〉です。】

立っているものは親でも使え?

とサブタイトルをつけましたが、正直「親」を「使えるもの」と見做すのはちょっと違和感がありますね。
そもそも、親は必ずしも子どもの思考を理解しているわけではないので。

それは置いといて、要は「自分の判断で動かすことのできるものがどれだけあるか」を把握することが重要であるということですね。
例えば何かをやる際に「これ使っていい?」とかいちいちお伺いを立てなければならないものは「使えるもの」には含まないほうがいいです。
あとから変な要求がわんさか湧いてきますから。

「自分の意志で動かすことができてそのリスクを自分で負うことが出来るもの」、これがどれだけあるのかが重要です。
他人に責任を押し付けるようなものは「使えるもの」じゃないんでそこのところはお間違えなく。

実はすごく単純な話

この「リスクを負う」とか「自分の意志で動かすことが出来る」ってなんか重たい響きだと思うんですが、実際はそんなに難しい話でもないです。
だって子どもに与えられる「お小遣い」なんていうのもこの範疇に含まれるものですよ。
自分が「損をした」、「あの時ああしときゃよかった」なんて言えるものは所詮はこの枠に収まるものですね。
こういったものは後から自分の努力次第でいくらでも巻き返すことができますし。

会社を辞めるにしたってそうです。
「生活がかかっている」というのはもっともらしい言い訳に聞こえますが、裏を返せば「バイトでもして食いつなげる」わけですからそれはあくまでも自身のプライドの問題です。
そりゃあ、「年収1000万」とかいうレベルの人の場合は「生活の維持」自体が難しくなるとは思いますが、これだって「年収200万でも生きていける」と思えば行動できるものです。
あとは「どうやって収入を得るか」とかそういった部分を自分で考えて行動すればいいだけなんですから。

結局、「使えるもの」の最たるものは「自分自身」

まあ、結論としてはこうなっちゃいますね。
あとはその「自分自身」をどううまく使えるかということを考えられれば、基本的にある程度のことは出来るんじゃないでしょうか?
昔の「命がけで…」みたいなのも結局は「自分をぎりぎりまで活かす」ってことに焦点を当てていたと考えればしっくりきます。
いつまでも「周りのために」って言い訳している人ほど要は「リスクを負いたくない」だけですね。
「自由が欲しけりゃリスクを負え」ってのが結局のところこういった話の結論なんだと思います。



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ほんと参った

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