【公開日】 2016年05月13日 

韓国版「コンクリートから人へ」ですね

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ソウル市長「弱者に力を与えるのが行政だ」(東洋経済オンライン)

“「行政には公平さや正義、公共性を保つことが根底にあるべきだと考えます。われわれの時代には貧富の格差など不平等が存在し、それが常に議論されてきました。貧しくて生活がきびしく、そこから脱却できない人たち”


最近こういった「〇〇とはどうあるべきか?」をあまり考えないトップが多いような気がします。

ですから「行政とはかくあるべき」という理念を持った人が上に立つことが出来るだけまだマシだと思います。
今は「権力者なんだし…」みたいな「勘違い野郎」が普通にトップに立ってしまう時代ですからね。

市長とか議員とかって要するに「公僕」のトップですよ?
つまり「偉い」んじゃなく「もっとも責任を負わなければならない」っていうのが正しい認識だと思います。

どこぞの知事みたいに「格がどうこう」という人は本来行政や政治のトップ向きではないです。
下がなにかやって叩かれようものなら「申し訳ございません」と平謝りするしかない、それがトップなんですよ。

だからそこに下の人間に対する「監督権」が存在するわけです。
単に偉いからじゃないんですよ?理解してます?

上は「自分を自分で律する必要がある」ってことですから「このくらいいいや」では許されません。
下の権限を預かっているにすぎない人間がなぜ「偉い」んでしょうか?

もし、他人の物を預かっている人がそれを許されていない状況で勝手に使ったら怒りますよね?
要は「民主主義」においての「権力者」ってそういうことです。

監督下にある公務員が汚職をしたら「厳しく処罰する」は当然です。
もちろん自身の「汚職」に関しても「厳しく処罰」しなければなりません。

こういったことをちゃんと考えることの出来る人っていうのは結構重要です。

ついついどこぞの都知事の「アホみたいな考え」のせいで記事とはあまり関係ないことを書いている感もしますが、そこのところはスルーでお願いしますm(_ _)m



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ほんと参った

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