【公開日】 2016年07月11日  【最終更新】 2016年11月03日

選挙に意味を見いだせるかどうかは「成功体験」が重要だなとつくづく感じました

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今回の選挙は「どうせ自公が勝つだろう」という事前予測もあり、正直期待はしていませんでした。

が、今回の選挙で一つだけ「面白いな」と思ったことがあります。
それは「結果によって」投票に「意味を感じた人間」と「無意味に思った人間」が素直に別れたということです。

自公などの「勝者」に投票した若者は「選挙って自分の意見を反映してくれる素晴らしいもの」という価値観を持ったようですし、逆に「死票と化した候補に投票した若者」は「自分の意見なんてどうせ通らない」と「選挙の無意味さ」を痛感したように思えます。

一票の重さについて「みんな平等である」という趣旨の発言をしている人は数多くいますが、実際に「平等」であるわけではないことは多くの人が気づいているはずです。
当選した候補に投じた「一票」は大きな価値を持ちますが、落選した候補に投じた票は全く意味を持たない、というのが今の選挙の在り方です。

日本の選挙の問題点はこの二者択一なんだろうなあ…とつくづく感じます。
表が少ない方の意見は「間違い」として処理されてしまうわけですから。

これをどうにかしないと「投票率の低い状態」は続くでしょうし政治離れも深刻なままでしょう。
かといって今の状態での選挙制度だと「他者の意見を取り入れる」余地は殆ど無いわけで、「みんなが幸せになれる社会」などという幻想はまず成り立たないでしょうね。

ということで私自身はこれからも「投票は無意味」を唱え続けていこうと思います。
まあ、普通選挙がまともに続けば・・・という条件付きではありますが。



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ほんと参った

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