【公開日】 2016年10月12日  【最終更新】 2017年06月05日

ペドフィリアのカミングアウトは規制されるべきか?についての議論が面白い!

【この記事を読むのに必要な時間は約〈 3 分39秒 〉です。】

Togetterでもまとめられていますが、内心の無制限の自由の話とか、少しでも外に出したら保証されないとか、もうむちゃくちゃですが面白い議論が飛び交っているようですよ。

公言したら差別対象は酷くない?

LGBTの自由の話と同じですが、結局「人の性的指向は変えようがない」というのはほぼ確かなようですし、それを公言したとして差別を前提とするのも無茶苦茶な話だな、と思いながら専門用語の飛び交う中をのんびり眺めております。

というより「他人が犯罪を犯していない以上、犯罪者呼ばわりするのはダメ」でしょうし、それがいくら防犯上の問題であってもそれをもとにした差別は基本的に許されないと解しているのですが違うんでしょうか?

それが真性のペドフィリア(生まれつき幼い子供にしか性的興味を示さない人)であろうとも犯罪者でない限りは他の人と同様にその意思を尊重されるべきだと思います。

社会は犯罪対策を講じる必要がある

もちろん社会はその人が犯罪を犯さないような策を講じる必要がありますが、それが抑圧的なものではあってはならないでしょう。

手を出させないために非実在の場合や実在したとしても日常的に露出する程度の場合は問題としないなど、この程度のことはリスクマネジメントを考えるなら当たり前だと思うんですけどね。

なぜならそのペドフィリアの人たちにいくら成人女性の裸を見せたって興奮しないし、性的欲求は発散されないんですよ?その欲求を押さえつける行為を「当たり前だ」といって抑圧し続けるほうがよっぽど何かありそうで怖いです。

犯罪やるよ!って宣言しますか?

実際に手を出すことを前提として自分の本音をさらけ出す人っているんですかね?

遥かに成功率は下がるはずなのに。

まあ、この手の議論における制限賛成派は「見たくないもの、聞きたくないものは全て禁止」という明らかに行き過ぎた自己中心的な考え方をしているのではないでしょうか。

まとめ

人間も単なる生物でしかない以上、男女とも子孫繁栄のために性欲を持つこと自体は自然でしょう。

ですが、その対象が「誰でもいい」とは基本的に思わないはずです。

こういったペドフィリアなどの特殊な性癖をひた隠しにして、教職や保育士などの職について問題を起こしてしまう方が怖いです。

もちろん「職業選択の自由」を制限していいと言っているのではなく、周知しておいて「制御のきかない状態であれば近寄らせない」とした方が社会としては上手く回るのではないかと言いたいだけです。

その自分の性癖などを自分できちんと報告できる社会は本来は誇らしいものなんじゃないでしょうか。

そもそも、この性癖の話は「危険ならば(自分が抑えられないなら対象物には)近寄らない」ということであって、完全に「自己管理」の話ですからね。

それとも制限賛成派は「自分と違う思想を持つものは全て社会に存在してはならない」とでも言うつもりなんでしょうか?

自己管理ができなかった人間が処罰されるのは当たり前ですが、自己管理をやろうとしている人間を処罰するというのは個人的にはまったく賛同できない意見ですね。

ちなみにペドフィリア関連は意見が完全に二分されているので、より詳しい両方の意見を知りたい場合にはtogetterまとめで「ペドフィリア」で検索をかけてみるといろいろ出てきます。まあ、どっちの言い分もわからないわけではないからこそ面白いんですけどね。



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