【公開日】 2016年02月28日 

必要なのは「議長」であって自己中ではない

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まとまらないから「不満」なんですよ

なんか批判するならまとめて体系化してとか訳の分からない意見がありますが、個々の人間が言う「不満」とはそんなもんだ、ということを理解すべきじゃないでしょうか。

自分だって完全に相手に伝えたい事がまとまっていないから、それに対していちいち反応するわけですし、そもそもすべての物事を一人で全て考えきれるというのであれば、それは正しく「天才」と言っていいんじゃないでしょうか。

それをごく普通の、自分のことすらままならない人に要求するのは『赤ん坊にもっとはっきり喋れ』というのと同じです。
必要なのはそういった一つ一つの批判をどうやって自分の意見の中に取り入れていくのか、これに尽きると思います。

議論のまとめ方

多くの人は自分の要求が通ればそれなりに満足するわけですし、自分自身もその意見の中から新たな視点を発見できるわけで、この形が一番まとまりやすいはずです。

例えば何かの企画会議をしているときに「ここはこうしたらいい」とか「もうちょっとアクセントが…」なんていうのは良くある話です。
この指摘の内容を一つ一つ明確にして完成形を作っていくことが結局は求められていることなわけです。

ですから様々な意見や批判が飛び交っているのであれば、そこに必要なのはまとめ役、要するに「議長」みたいな役割の人なわけです。

ワンマンが認められるのは「結果」を残すから

もし「お前の言い分は気に食わない」と言って自分の意見をゴリ押しするつもりなのであれば、それは最終的に確実な成果を残せない限り、周りから人が逃げていくでしょう。
ワンマンでやってこれた人は、その「成果」を一応残せているから存在するわけで、そうでない人がいくら「自分の意見こそが正しい」と言っても誰も聴く耳持ちません。

今の世の中、すぐに結果が出るような物事はむしろ少ないわけですから、結局のところ、批判され恨まれ続けるか、他者の意見を取り入れながら妥協の中での最善を目指すかを選択する必要があります。

成果が出せれば「ほら、俺は正しかった」と言えるでしょうが、それはまだ先のことですし、もしそれを望むのであればひたすら批判には耐え続けるしか無いと思います。

やっている人を批判するな、なんていうのは、そもそもやっている本人にとっての単なる都合のいいだけの話なわけです。
もし「やっている人を批判するな」という意見に賛同する人が多い世の中なのであれば、それは単に「自己中」が増えているというだけでしょうね。

まあ、やれない人が増えているから批判も多くなるわけですが。



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