【公開日】 2016年02月28日 

批判は足枷でもあり、燃料でもある。

【この記事を読むのに必要な時間は約〈 2 分13秒 〉です。】

人は貶されるより褒められる方が好き

考えて見れば当たり前なのですが、誰だって批判されることが好きなわけがありません。
出来ることなら「よしよしいい子だね」って頭ナデナデしてもらえるのがいいに決まってます。

でもそこで批判にいちいち批判で返すのか、それをやる気や素材に変えて新しいことをやるのか、それを決められるのは自分次第なわけです。

批判的な人に批判で返す無意味さ

現実でも普通に会いますよね、いちいち人をイライラさせる人。
でもその人にいちいち「あなたは間違っている!」というだけ疲れませんか?

その批判する人にもなにか事情があるんでしょう。
でも、どうしても譲れないからといちいち「そこどいて」なんて面倒臭いこというつもりですか?

自分にも立場があってやりたいことがある以上、相手にもそれは存在するわけで「俺のやりたいこと邪魔した奴は許せない」なんてのは実は双方が言っているんですけどね。

ですから、批判にいちいち批判で返すような人は「自分こそが正しい」と絶対的な正義を主張しているだけなので、そもそも争い続けるしか選択肢はなくなるわけです。

ほら、よく言うでしょ、『同レベルの人間としか争いは起こらない』って。
人である以上「我慢の限界」ってのは存在しますが、そもそも「批判に対する我慢」っていうのは一体どうして起こるんでしょうかね。

批判をどう考えるか?

もし、相手の意見を正しく聴くことができれば問題解決の一助になる可能性だってあるのにもったいないです。
もしかしたら批判され慣れてないからその耐性がないというのか結局のところ答えなのかもしれません。

批判に慣れている人は「それが人間だから」とそれを甘んじて受け入れているみたいですし。
まあ、自分の信念を傷つけられたら流石に反論するみたいですが。

とりあえず、今のネット界隈では「批判する奴が悪い」なんていう意見のほうが多いですが、そもそも批判している側もされている側もどちらもが相手を尊重しきれていないだけなのかもしれませんよ?

単なる個人的意見なので正しいかどうかはわかりませんが。



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ほんと参った

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