【公開日】 2016年02月29日  【最終更新】 2017年06月19日

有名になるリスクを甘く見過ぎでは?

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目立てば批判は起こる

なんだか、「はあちゅうさんが…」、「イケハヤさんが…」とひたすら擁護している人がいますが、そもそも自分の書いたことで誹謗中傷を受けるなんていうのは、有名になれば当たり前のように起こることなのに…とちょっと幻滅しております。

考えても見てください。
有名になるというのはいわば「成功者」になるということであって、今の社会の状況からみれば嫉妬の対象でしか無いことは明らかでしょう。

それに、いかに正しいことを言ったとしても、世の中には自分と違う考え方の人間なんていうのは限りなく存在しているわけで、そういった人の目にも入ることになるわけです。
狭い世界の中で身内に守られているのとは全く違う状況になって当たり前ですよね?

そういう人がいかに自分の正当性を主張しても、所詮は「井の中の蛙大海を知らず」ってだけの扱いしか受けません。
ですから「批判されるのが嫌」というならその狭い世界に引きこもるしか無いんです。

「批判はダメ」論の脆弱さ

「批判はダメ」とか綺麗事を言っても批判そのものが世の中から無くなることはあり得ません。
その「批判はダメ」論は、そもそも、自分がその批判者たちの住んでいる世界を知らない、という無知をさらけ出しているだけだということに気づくべきです。

世の中には応援してくれる人間もいれば、足を引っ張ってくる人間もいる。
実は協力者のように見えて敵である可能性のある人間だって近くにいるかもしれません。

歴史上、猜疑心の強い君主みたいなのがときどき登場しますが、そりゃあ疑心暗鬼にもなるでしょう。
むしろ自分に対する批判のほうが世の中には多いんですから。
それで結局は耐え切れなくなって批判する人間を排除しようとしたわけですね。

こう考えれば世の中から悪口や批判、誹謗中傷なんかを取り除くのがほぼ不可能であることがわかると思います。
「自由に意見を言える」ということは、言い換えれば「見たくもない意見でも目に入る」ってことなんですよ。
「表現の自由」は自分だけに与えられた権利なわけじゃないですし。

イケハヤさんがコメント欄を封鎖したのも確かそういった理由ではなかったですかね?

批判を避けるには

綺麗事だけ言いたければ、勝手にそれが出来るようなコミュニティでも作ったらいいと思います。
ただし、そこに小規模ながらも社会ができる、ということは結局は批判もまた生まれるということなんですけどね。

批判に関する格言なんかは「批判するほうが悪い」的な書き方しかしていないものがほとんどですが、これはほとんどが行動者側からの視点に立っているからです。
要は「批判そのものの存在を自分なりに解釈して、行動を続けるために自分に言い聞かせたから」でしょう。

辛口ですが、他人に自分の成果を見せている割にはちょっと甘えがすぎるなと思い書かせていただきました。
この投稿を読んでいただければ分かるように所詮は自分も批判者の立場なんですがね。



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ほんと参った

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