【公開日】 2016年05月18日 

お金があるから「高学歴」はちょっと違う気がします

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「東大生の親」は我が子だけに富を“密輸”する(プレジデントオンライン)

“日本の大学の学費が「バカ高」なのは、よく知られています。”


教育には「教えられるもの」と「自ら学ぶもの」があるわけで、育った環境が人の学ぶことの出来る「質」に関係するのは当たり前の話です。

いくら貧困層に「教育機会の平等」を与えたところで「親のレベル」の中でしか結局は人は「自由」を学ぶことは出来ません。
今は「教育にカネがかかるから厳しい」と言っている貧困層の親はこの問題が片付けば「子どもの食費や趣味にお金がかかるから…」と理由をすり替えるでしょう。

結局、親の教育水準などに子どもの「可能性」は影響を受けるわけです。
東大生の親が悪い、というわけではなく、「どこの親も同じことをやっているだけ」です。
単に生活水準の高さだけが「優れた」子どもを生み出すわけではありません。

子どもに対してどれだけ可能性を伸ばしてやれるのか、これを理解している親とそうでない親の間には超えることの出来ない大きな壁が立ち塞がってしまっているわけですから…。

もちろん、前提として「いかに貧困層にお金があっても…」という話です。
貧困による教育格差は無くさないと、それこそ子どもの可能性を排除することになりかねない、というのも事実でしょう。



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