【公開日】 2016年06月27日  【最終更新】 2016年07月02日

選挙に行ったほうが良いというワケのわからない意見

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もう参議院選挙の時期になりましたが、毎度おなじみの無意味な主張がひたすら繰り返されるだけの選挙にはほとほと愛想が尽きて、今では怒りさえ覚えます。

この状況下でも某ポータルのニュース掲示板では「選挙に行く人間が正しい」という書き込みが、まるで組織でやっているかのように集中して書き込まれています。
一票の価値が何百万であろうとその票の重さを活かせない候補者に入れるのであれば結局は「ドブに捨てる=棄権」と変わりません。
むしろその悪行の手助けをしている分を考えると「悪党の手先になっている」わけです。

そんな状況での投票行為に何の価値があるのか?本当に偽善と建前だけの国に成り下がってしまっています。
ちゃんとした候補者(あくまでも言行一致である人)を立ててから「投票にいこう」であればまだ理解できます。
それでも行かないという人に強制する意味もありませんから別にそれは自由でしょう。あくまで投票権です。

でもその人の発言が真実であるかどうかも考えず、特定の「政党」や「候補」のために投票してくれ、というのは流石におかしいんじゃないでしょうか?
それは個人が自分の頭で考えて行うべき行為であり、それをしなかった結果がイギリスのEU離脱という結果なわけです。
あとから「そんなつもりじゃなかった」なんて言っても遅いんですよ。

そういった候補が出てこないから賢い人は「投票を避ける」という選択をするわけです。
ちゃんと「この人になら任せたい」という候補を出してから「投票にいこう」と言うべきです。

特に高齢者になると人間関係や印象だけで投票してしまう人が多いように感じます。
それこそ「国(国民)のためにならない」行為なわけですよ、いい加減に気づきましょうよ。

欺瞞に満ちた選挙ばかりやっているから投票率も関心もどんどん低くなっていくことくらい気づいたほうが良いと思いますよ?

ちなみに「政治家に危機感を持たせたい」のであれば「無効票=白票」よりも「棄権=投票率低下」のほうがはるかに効果は高いと思いますよ。
どちらにしても「老人有利」は変わりませんけども…。



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