【公開日】 2016年07月30日  【最終更新】 2016年08月10日

ネガティブであることも生きるための知恵である

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ポジティブに生きたほうがいいだとか、他者と共感できたほうがいいとか、そんなのは集団を前提とした社会において必要な要素ってだけの話です。

個々の動物が野生において生きていくための最低限の要素が「ネガティブである」「疑ってかかる」ということなので。

もし「誰が信用できるかわからない」という状況が社会に作り出されているのであれば、それが人が「ネガティブ」や「批判的」になる要素というわけです。

考え方としては、「社会という集団の中で自分の役割があり、ある程度認められている層」は他者と意識的に共有ができるわけですから「ポジティブ」になり、「周りを信用できないほど追い詰められている層」は野生にあるように「ネガティブ」になるというだけの話です。

ですからポジティブな人間のほうが人に好かれるとかいうのは当たり前の話で、それは「集団の中に居場所がある」から言えることだということを「認識しなくてもいいほど恵まれている」ということなわけです。

必要なのは「ネガティブな層に警戒心を解かせる努力」なわけで、決してその層を「批判してレッテルを貼る」ことがいいというわけではないので、勘違いしている方は少し考え直したほうがいいかもしれません。

実は裏で色々とトラブっている可能性もあるわけですから。



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