【公開日】 2017年09月03日 

憲法89条っておかしい?そうは思わないけれど・・・

【この記事を読むのに必要な時間は約〈 6 分13秒 〉です。】

今回はこちらの記事(憲法89条を改正しなくていいのか|Yahoo!ニュース)の中で主張されている『今一つ意味のわからない条文』である憲法89条が本当に改正するほど変なのか、ちょっと考えてみようと思います。

ちなみに憲法89条は次の通り。

第八十九条  公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

GHQの原文では以下のようになっているようです。

No public money or property shall be appropriated for the use, benefit or support of any system of religion, or religious institution or association, or for any charitable, educational or benevolent purposes not under the control of the State.

何が問題なのか?

この条文でずっと憲法学者などを悩ませているのは「公金の支出は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に用いてはならない」と読めるため、教育や慈善事業などに国の財産を用いることは制限されてしまうと読めるからです。

もし私学助成や国の主導しないボランティア団体などが補助を欲していても、この条文通りであればその支援は「してはならないこと」になってしまいます。

今は私学助成などについては「教育基本法や学習指導要領に基づく国の指導の下にある」という解釈から認められているようですが、もしこの条文を厳格に運用すればたちまち違憲状態となってしまうでしょう。

本来はどう考えるべきなのか?

この条文のおかしな点は最初に「宗教組織や団体に対して国の財産を用いてはならない」と宣言しているにもかかわらず、『又は(or)』という区切りがあるために宗教上の組織若しくは団体の利用だけでなく、国の支配下にない教育などのサービスにまで支援をしてはならないと読めてしまうことでしょう。

個人的には実際は「宗教上の組織や団体が自分たちの組織の利益や維持のためにチャリティーや宗教教育を行うことへの支援の禁止」を謳っているのではないかと思います。

基本的に政治と宗教は下記のように憲法上に規定されています。

第二十条  信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2  何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3  国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

つまり『政教分離を原則』としており、国が特定の宗教のために特別な利益を与えることを禁止しています。

この流れでいけば唐突に『宗教上の』という言葉が出てくる89条はこの20条の延長にあると考えるのが自然であって、「特定の宗教の存続を国が左右してはならない」と読めるわけです。

この考えであれば教育指導要領に基づく(準じる)教育を行っている機関に対しては国は支援を行ってよいということになります。

特定の宗教や思想を持ち上げるための教育に支援してはならないというだけの話だからです。

本来、教育とは「宗教」が担ってきたもの

なぜわざわざ『公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業』という限定がついているのかを考えてみればわかります。

ここに挙げられている慈善、教育、博愛といった事業は欧米では本来は宗教が担ってきたものです。日本人の感覚だとどうしても教育=公教育と結びつけてしまいますが。

こういった特定の宗教による教育は必ず思想教育と結びつきます。つまり公教育のような中立性を要求される教育と違い、私的教育機関はルールによる縛りがなければ思想教育を行うことが前提になります。

この際に教育がメインなのか、宗教維持がメインなのかということが判断の基準になるのだと思います。

例えばキリスト教的な博愛主義(汝隣人を愛せよ)という程度であれば社会にとっての悪影響は特にありませんが、ほかの宗教は腐っているから排除してもいい(過激思想)というのであれば社会全体の利益にならないどころか、社会の安全が脅かされてしまいます。

つまりは宗教教育をメインとする場合の慈善事業や教育事業には一切の支援を許さず、逆に社会にとっての利益となる教育(技術教育など)は特に規制しないということになります。

現在のようにあくまでも教育を主体とする私的教育機関が支援を求めてきたとしても宗教者を育成するという場合でもなければ教育機関への支援を禁止するメリットはあまりないのではないでしょうか。

結局は条文の内容を把握できていない?

憲法89条というよりは憲法全般に言えることですが、後半に規定されている国家機関に対する具体的な義務と前半に記載されている国民の権利とは対になっている部分が見受けられます。

つまり20条で信教の自由を国民に権利として保証すると同時に89条で財政的に宗教を手助けしてはならないと規定しているようにです。

これをおそらく曲解している、もしくは誤記述通りに読んでしまうと、どうしても「公教育以外に金を出すな」という極論を導き出してしまうことになります。

そんなことは誰も求めませんし、強制するだけ人が不幸になっていくだけでしょう。

特定の思想教育の強制を良しとしない、ただこれだけの話なのだと思います。

それを国家には支援するなと言っているだけだと考えれば特に変な条文だとは言えないと思います。

もしかしたら調べれば同じような意見が学説にもあるかもしれません。



オーサー紹介

ほんと参った

一応このブログの管理をやっております。
基本スタンスは「テキトーにやる」なので、あまり期待せずに見ていただければ幸いです。
何か御用がありましたらお問い合わせページよりご連絡ください。
ちなみにnoteはこちらからどうぞ。

スポンサーリンク

コメントを残す